3月11日
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発災直後

2011年3月に発生した東日本大震災により、太平洋沿岸部各地は巨大な津波に襲われました。そのとき高速道路では一体何が起きていたのか、NEXCO(ネクスコ)東日本に教えてもらいました。 に教えてもらいました。
※NEXCO東日本は、東日本高速道路株式会社の愛称。
高速道路は被災地へ人と物資を運ぶ「命の道」。
わずか20時間で復旧を完了しました!


地震直後、ストップした交通網
2011年3月11日14時46分頃、東日本大震災が発生。東日本では鉄道、空港、そして高速道路といった交通網のほとんどがストップしました。

高速道路は 20時間で復旧した
NEXCO東日本が管理する高速道路の約65%(35路線、約2300㎞)が通行止めになりました。しかし、発災直後から点検と復旧工事を始め、約20時間後には緊急復旧による緊急車両の交通路を確保。被災地に支援物資を運べるようになり、「命の道」としての役割を果たしました。その復旧の早さに、世界中が驚きました。

東日本大震災
マグニチュード9.0の国内観測史上最大規模の地震と巨大津波による震災。 太平洋沿岸部を中心に甚大な被害をもたらした。
1
3月11日
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発災直後

常磐自動車道 水戸IC(インターチェンジ)〜那珂ICの被害の様子。東日本エリアでは、被害は20路線、約870kmに及んだ。
2
3月12日
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発災から約20時間後

地震発生から約20時間後には緊急交通路を確保。自衛隊などの緊急車両が被災地へと向かった。
3
3月18日
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発災から7日後

各地で復旧が進み、6路線約536km(約62%)が緊急交通路として機能。発災直後、大きな被害を受けた常磐自動車道 水戸IC〜那珂ICも写真の通り応急復旧した。
4
3月24日
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発災から13日後
19路線813.2km(93%)が一般車両も通行できる状態まで復旧し、ほぼ全線で通行止めを解除。被災地を救う「命の道」として貢献した。
その早さに世界が驚嘆したんじゃ!


NEXCO東日本では災害への対応力を強化しています。
東日本大震災では津波から逃れるため、200人を超える地域の人たちが高速道路上に避難してきました。この経験から、現在は津波発生時に避難する高台などがない場所には、高速道路上へ避難できる「津波避難階段」を自治体と連携し、設置しているところがあります。また、地域の方々や小中学校と連携した避難訓練も行っています。

津波被害の様子

津波避難階段の避難訓練
当時の経験が今につながっているんだね!

東日本大震災では、全国各地から自衛隊や消防などが集まる場所として高速道路のサービスエリア(SA:エスエー)やパーキングエリア(PA:ピーエー)が活用されました。現在は、災害時に救助活動を効果的に行えるよう、災害対策室やヘリポートなどの防災機能を備えた休憩施設があります。また、災害に備えた訓練も行っています。

訓練の様子(東北自動車道 蓮田SA 上り線)
東日本大震災後も、大規模地震は各地で起きています。地震によって道路が壊れてしまうと「命の道」が機能できなくなります。そこで、地震の発生確率が高い地域では、高速道路の耐震工事を行っています。

地震による橋の落下を防止する装置

これから起きる災害にもしっかり備えているんだね。
NEXCO東日本 総務・経理本部
広報・CSR(シーエスアール)部 CSR推進課 相澤萌佳さん
東日本大震災当時、私は地元である仙台市内で暮らしていました。ライフラインはすべて止まり、物資も足りない状態でしたが、全国各地からの支援により、少しずつ日常を取り戻していきました。そしてこれらの支援は、迅速に機能を復旧した高速道路があったからこそ、被災地へ届けることができたのだと感じています。NEXCO東日本は、これからも災害への対応力を強化し、安全・安心・快適・便利な高速道路を提供してまいります。
震災で高速道路の存在意義を実感しました!
