世界大会で圧勝した靴磨き職人がめざすもの

2020.01.06 わたしのしごと道

[靴磨き職人(BOOT BLACK JAPAN 代表取締役)]長谷川裕也(はせがわ ゆうや)さん

千葉県出身。営業マンを経て2004年に東京・丸の内の路上で靴磨きをスタート。独学で靴磨きのテクニックを身につけ、08年に南青山に靴磨きサービスのショップ、Brift H(ブリフトアッシュ)を開店。17年にイギリス・ロンドンで開催された「ワールドチャンピオンシップ オブ シューシャイニング(世界靴磨き大会)」の初代世界チャンピオンに。百貨店や商社、高級靴ブランドなどで、靴の手入れ、接客、身だしなみのアドバイザーを務める。

靴磨きの世界大会で1位という輝かしい成績をお持ちです。どのような大会で、どういうところが評価されたのでしょうか?


靴磨き世界大会の様子。「大会前に参加したお茶会で見た茶道の所作が本当に美しくて。動きの一つひとつに意味があると感じました。靴磨きも同じだと思い、靴磨きの動きを見直すことに。圧倒的な勝利を収めるためにいろいろな練習をしました」(写真提供/長谷川さん)

2017年にイギリス・ロンドンで開催された第1回の靴磨きの世界大会でした。世界各国の靴磨き職人が30人くらいエントリーして、その中で選ばれし3人だけが決勝に行けました。残ったのは日本の僕とスウェーデンとイギリスの職人。フランス製の靴磨きメーカーの道具を使って、片方の靴を「制限時間20分で誰が一番美しく靴を磨けるか」ということを競いました。評価基準は「光沢感・バランス感・所作」の3つです。


自分で言うのもなんですが、誰よりも靴をきれいに仕上げたと思います。紳士靴の発祥はヨーロッパです。第1回大会で、しかもイギリス開催。アジア人が優勝するには圧倒的な差がついていないと勝てません。でも決勝戦が終わった瞬間に、競っていた2人から「君がチャンピオンだ!」という雰囲気を感じるほど、差がついていました。僕は仮に負けたとしても日本人として「所作」が記憶に残るに靴磨きをしたいと思って臨んでいました。

長谷川さんがお店で靴磨きをするときに、特にこだわっていることはどんなことでしょうか?


バーのようなカウンターを挟んでお客様と対面しながら靴の手入れをする。料金は10分1000円くらいが多いなか、長谷川さんの店は1足4000円。長谷川さんが担当する場合は指名料を入れて6000円。「他とは違うプラスアルファの価値はトークです(笑)。もちろん靴磨きの確固たる技術があった上で」

日本の靴磨きは戦後、アメリカ軍人の靴を磨くところから始まっています。僕が靴磨きを始める15年くらい前までは、昔ながらの靴墨ワックスで磨くのが主流でした。


僕はまず古い靴磨きを勉強した上で、これからは靴をきれいに光らせるだけではなく、革靴の寿命を延ばすことが大事だと思い、革の特性を勉強して新しいやり方を試行錯誤しました。僕の世代で靴磨き屋さんはいなかったので、 メディアが面白がってくれて、雑誌や動画サイトなどに紹介されました。僕の下の世代はそれを見て、靴磨きのテクニックを身に着けたのだと思いますよ(笑)。


靴磨きはただ汚れた靴をきれいにするだけでなく、ひとつのショーだと思っています。予約制で大体1人1時間かけて磨きますが、お客様の目線の高さで、靴がどんどんきれいになっていく過程をお見せしています。普段から「見せる靴磨き」を意識しています。

同じ靴だとしても、お客様のタイプや好み、磨く職人の技術で仕上がりは違ってきますか?


「技術はある程度まで行くとそれほど差は出ないので、そこから先は気持ちが大事。『お客様のために』という熱量がないと、独りよがりな仕上がりになります。真剣に考えぬいて磨いた靴はお客様に感動を与えられると思います」

もちろん違ってきます。靴磨きは「汚れ落とし」「栄養補給」「つや出し」と、大きく分けると3つの作業があります。「汚れを取ってほしいのか、残したいのか」「茶色でも経年変化した現状がいいのか、買った時のような濃い方がいいのか」「光沢はピカピカがいいのか、ジンワリ光るのがいいのか」など、お客様のリクエストによって選ぶクリームやワックスが変わります。


スタートは一緒だとしても、ちゃんと聞かずに適当にやっていくと、少しずつズレていってゴールは全く違うものになります。お客様のリクエストに合わせながらも、靴によっては「こうしたらもっとかっこ良くなる」と自分の経験や技術をプロとして提案させていただくこともあります。


毎日靴を磨いているので、僕には「100分の1足」かもしれませんが、お客様にとっては「1足分の1」。「自分のお気に入りの靴だったら、どうやって磨こうかな」と思いながら磨いています。ただの流れ作業で靴磨きをしていたら熱意や愛情が反映されないし、それは仕上がりにすごく現れますね。

靴磨きを職業として選択したきっかけは何でしょうか? また、靴磨きを続けてこられた魅力とは?


長谷川さん愛用の仕事道具。(左から)汚れを落とすクリーナーと馬毛ブラシ、革を保湿するクリームと豚毛ブラシ、仕上げのワックスと水、ヤギ毛ブラシ。水を少しつけてワックスを塗るとつやが出る。起毛のネル生地で磨く

20歳の頃、営業の仕事を辞めて洋服関係の仕事がしたくて求人に応募しつつ、日雇いのアルバイトをしていました。仕事がない日が続いたときに、手元にあった2000円で「路上ですぐできる商売をやろう」とひらめいたのが靴磨きです。


100円ショップで靴磨きセットと風呂のイスを買って、ビジネスマンがいっぱいいそうな東京駅に行ったら、駅前には靴磨きのおじさんが3人ぐらいいて。近くだと怒られそうで100 メートルくらい離れた場所で靴磨きをしました。1足500円で10人磨いたら5000円。アルバイトは1日7000円だったので、それくらい稼げればいいなと思っていたら、7000円稼げて(笑)。「これはいい!」と路上靴磨きを続けました。


10分くらいで初対面の人と仲良くなれて、靴がキレイになるとみんな喜んで帰って行きます。短い時間で人を幸せにできるのが面白くて。でも、ある日お客様に「君、下手だからちゃんと靴磨き屋を見た方がいいよ」と言われて。帰りに駅前の靴磨きのおじさんを見に行ったら、遠目から見ても靴がピカピカなのが分かるんです。水をちょんちょんつけながら磨いていて、そのやり方に「え~?」とびっくりして。同じ道具を買って、同じように磨いてみたら本当にピカピカに。どんどん靴磨きの奥深さにはまっていきました。

靴磨きの技術をどのように身に着けられましたか? また、この世界で目標とされている方はいらっしゃいますか?


古着バイヤーの友人に中古靴をたくさん仕入れてもらい、それを洗ったり、削ったりしてシミやひび割れをあえて作り、傷んだ靴をよみがえらせる方法を研究。自分なりのやり方を探り、テクニックを身に着けた

昔からのやり方を研究するため、東京中の有名な靴磨き屋さんに行きました。老舗ホテルの名物シューシャインや路上のベテラン靴磨きの方などに自分の靴を磨いてもらって。靴クリーム会社が百貨店などで開催する靴磨きコーナーでは、靴を長持ちさせ、生き返らせることを学び、革そのものの勉強もしたくなって東京都立皮革技術センターにも通いました。


僕が尊敬しているのは、東京駅で50年以上靴を磨いている、70代後半ぐらいの方です。メーカーの新製品を使うわけでもなく、使い慣れたクリームやワックスでものすごく上手に磨かれます。彼は画家兼靴磨き職人で、8月の1カ月間は絵を描くためにヨーロッパに行って、戻って個展を開くような人。かっこいいですよ。


昔からやっていて本当にうまい人はたくさんいます。靴磨きを15年しかやっていない僕には、50年続けている人の領域は分からない。そういう人たちからすると僕はまだまだですよ。

子どもの頃はどういう仕事に就きたいと思っていましたか? またこれからのビジネスで抱いている夢はありますか?


「よく『やりたいことが見つからない』と言う人がいますが、やりたいことは見つけるのではなく『やりたくないことが分かってくると、必然的にやりたいことが見つかる』のだと思います。だから子どもには『考えてやるよりも、とりあえずやってみよう』と伝えたいですね」

卒業アルバムの将来の夢として、小学校では「大工」、中学生では「世界中を旅する釣り人」と書いていました。でも漠然とですが「自分で会社を立ちあげて社長になる」という大きな夢がありました。「釣りをしながら、世界中を旅する」というのは、今も夢の一つですし、将来的にかなうと思っています(笑)。


仕事で抱いている夢は「紳士靴の本場ロンドンでお店を開く」「靴磨きの価値を上げる」、この2つを頑張っていきたいですね。この10年間は靴磨きの価値を上げるためにやってきました。靴磨きを路上で4年弱して、お店を出すときにファッションの聖地・青山を選んだのも「靴磨き=かっこいい」というイメージを定着させたかったからです。


少しずつ靴磨きの価値と、お店のイメージも上がってきたので、これからは「広げる」方にも力を注ぎたいですね。 駅ナカに「10分1000円」「20分2000円」というセカンドラインのお店をつくりました。地元の千葉県・木更津市の社会福祉法人で障害者の方に靴磨きを教えています。靴磨きで生計を立てられるような就労支援です。


僕のテーマは「世界の足元に革命を」。世界中の靴が輝き、それを履く人が幸せになれるような活動を続けたいと思っています。

取材・文/米原晶子 写真/門間新弥