証券取引所っていつから始まったの?

おしごと年鑑 社会の土台を支えるお仕事 2021年度
株式会社 東京証券取引所

人々が株式の売り買いをスムーズに行うためにつくられた証券取引所。日本の証券取引所はいつ始まったのでしょうか? 東京証券取引所に教えてもらいました。

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1878(明治11)年5月に「東京株式取引所」として設立されたのが始まりだよ。

NHK大河ドラマで話題の「渋沢栄一」が仲間と協力して設立!

今年のNHK大河ドラマの主人公・渋沢栄一。彼は明治時代の実業家で、現在にも続く多くの会社などを作った人物です。
日本で初めての証券取引所は、その渋沢栄一をはじめ、今村清之助、田中平八という3人の実業家が中心となり、仲間を集めて作りました。1878(明治11)年5月、現在の東京証券取引所がある同じ場所(日本橋兜町)に「東京株式取引所」が設立されました。

渋沢栄一 渋沢資料館所蔵

渋沢栄一(渋沢史料館所蔵)

渋沢栄一が会社の設立に関わったのは、第一国立銀行(みずほ銀行)、東京瓦斯会社(東京ガス)、共同運輸会社(日本郵船)、抄紙会社(王子製紙)、札幌麦酒会社(サッポロビール)など、500社以上にのぼる

今でも続く有名な会社がたくさんあるケモ!

ケモノン
開設当初の東京証券取引所

開設当初の東京株式取引所の写真。日本橋兜町は「第一国立銀行」や「東京郵便役所」などが設立され、日本経済の中心地となった

どうして証券取引所を作ったの?

渋沢栄一がフランスに留学した時、すでにフランスやイギリスには証券取引所がありました。株式会社や証券取引所のしくみを勉強した栄一は、日本の経済発展のために、そのしくみを日本にも取り入れたのです。

渋沢栄一

日本初の株式会社は?

日本の最初の株式会社は1873(明治6)年に設立された第一国立銀行(今のみずほ銀行)です。この銀行の設立にも渋沢栄一が関わっています。

第一国立銀行外観

第一国立銀行外観(国立国会図書館所蔵)

明治時代の証券取引所は忙しかった?

明治時代のはじめに開設された東京株式取引所ですが、開設当初は株式の上場銘柄があまり増えなかったこともあり、週2回程度しか売買をしていませんでした。現在のように毎日売買をするようになったのは、明治時代の後半になってからでした。

取引所の中のお寿司カウンター

明治初期の立会場の風景。取引の中心は東京株式取引所の株式で、大きな声で取引が行われたという。ランチの人気は場内の握り寿司だった。

ヒナタ

取引所の中にお寿司のカウンターがあるね。

明治中頃の取引所

明治中頃のにぎわう立会場の様子。明治中頃には、日本鉄道をはじめとする14社の鉄道会社が上場されて人気銘柄となった

最初に上場された株式は何?

日本で最初に上場された株式は、第一国立銀行、東京株式取引所、兜町米商会所、蛎殻町米商会所の4銘柄でした。その後、銀行や鉄道会社などの銘柄が増えていきました。

明治から令和で証券取引所はこんなに発展した!

明治時代は多くの株式会社が誕生し、日本の経済が大きく発展するきっかけとなりました。その後、大正、昭和、平成、令和と時代が進み証券取引所も大きく発展しました。現在の東京証券取引所は「日本取引所グループ」(JPX)の一員となり、世界でも有数の市場になっています。

取引所の発展
現在の東京証券取引所

現在の東京証券取引所(東証アローズ)の様子。現在の株式取引はコンピューターシステムで行われ、1秒間に数万回もの取引ができるほどのスピードになっている

多い日では1日に1.6億件の取引で、6兆円を超えるお金が動くのよ。

ユイ

証券取引所はこれからも進化し続けます!

答えてくれた人

東京証券取引所 上場部のみなさん

「東証一部上場」という言葉を聞いたことがありますか。「一部」とは、東証の「市場第一部」という名前の市場を意味しています。
2022(令和4)年4月、数十年にわたり親しまれてきた市場第一部・市場第二部・マザーズ・JASDAQ(ジャスダック)という市場が、プライム市場・スタンダード市場・グロース市場という新しい市場に生まれ変わります。上場会社と投資家にとってますます使いやすい市場として、日本経済の発展に今後も貢献できるよう、証券取引所はこれからも進化し続けます。

この先の時代の証券取引所に期待してください!

答えてくれた人
なるほど経済教室