空を自在に駆け巡るエアレース・パイロット

2019.08.28 わたしのしごと道

(写真提供:Joerg Mitter /Red Bull Content Pool)

[レッドブル・エアレース・パイロット]室屋義秀(むろやよしひで)さん

1973年生まれ。「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」に初のアジア人パイロットとして2009年から参戦。17年シリーズで年間総合優勝を果たす。エアロバティックス(曲技飛行)世界選手権にも参加し、エアロバティック・パイロットとしても活躍。全国各地でエアショーを実施している。地元・福島県の「ふくしまスポーツアンバサダー」として、復興支援活動や子ども向けプロジェクトにも関わる。

エアレース・パイロット、エアロバティック・パイロットとして活躍されていますが、どのような飛行スタイルなのでしょうか? それぞれの違いも教えてください。


エアレースのシーズンは2月から10月後半くらいまで。3~4週間置きにあるレースのために世界各地を転戦するので、1年の3分の1くらいは海外にいる。日本にいるときは各地でエアショーをして航空文化の啓蒙活動をしたり、地元のふくしまスカイパークで子ども向けのプロジェクトに関わったりしている(写真提供:Andreas Langreiter / Red Bull Content Pool)

エアレースのシーズンは2月から10月後半くらいまで。3~4週間置きにあるレースのために世界各地を転戦するので、1年の3分の1くらいは海外にいる。日本にいるときは各地でエアショーをして航空文化の啓蒙活動をしたり、地元のふくしまスカイパークで子ども向けのプロジェクトに関わったりしている(写真提供:Andreas Langreiter / Red Bull Content Pool)

「エアレース」はスピードと操縦技術を競い、「エアロバティックス」は1km四方に設定された空域でロール(横転)やループ(宙返り)など曲技飛行課目の正確性を競います。両競技とも空が舞台のスポーツで、正確な操縦技術はもちろん、常に変化する上空の風などの影響を考慮する頭脳も必要です。

エアロバティックスのほうが歴史は古くて、60年以上前から続いています。そもそもアクロバット的な飛行はプロの旅客機パイロットの訓練課程にもあり、緊急時の危険回避のために必要な技術です。そこから発展して競技としてどんどん難易度があがってきました。全5クラスのうち上位2クラスが参加できる世界選手権が2年に1度あります。

中でも一番上のクラスがアンリミテッドクラスといい、そのトップクラスのパイロットが集まってスタートしたのが「レッドブル・エアレース」です。2005年からワールドチャンピオンシップになり、世界各所で年間に8戦(18年度)を闘ってワールドチャンピオンを決めます。

そもそもパイロットに興味をもったのは、いつごろですか?


グライダーは、機体をワイヤーなどで引っ張り上げて、ゆっくり降りながら、上昇気流を使って高度を稼いでさらに飛んでいくもの。空気の流れを読む必要もある奥が深いスポーツで世界選手権もある

グライダーは、機体をワイヤーなどで引っ張り上げて、ゆっくり降りながら、上昇気流を使って高度を稼いでさらに飛んでいくもの。空気の流れを読む必要もある奥が深いスポーツで世界選手権もある

幼稚園から小学校低学年くらいの頃、アニメの機動戦士ガンダムを見て「かっこいい。あれに乗りたいな」と思ったのがきっかけです。空を飛ぶ原理が知りたくて、自転車に羽のようなダンボールをつけて高い所から飛んだり、羽に見立てた板を持って木から飛び降りたりしていました。もちろん、結果としては落ちるだけですが(笑)。

だんだんガンダムには「乗れない」というか、「ない」ということがわかってきて(笑)。旅客機のコックピットを見せてもらう機会もあり、現実的にはパイロットになりたい、と思うようになりました。

大学で体育連盟の航空部に入り、グライダーで空を飛んだのが最初です。グライダーはエンジンがないだけで、コックピットがあり、操縦桿(かん)など操縦の系統は飛行機とまったく一緒です。大学の航空部には部員がたくさんいるので、順番待ちをしたり、天気が悪ければ飛べなかったりして飛行時間が稼げません。「アメリカなら、安く飛べるらしい」と聞いて、行ってみることにしました。

パイロットの免許を取るためアメリカに行ったときは、エアロバティック・パイロットは視野に入っていたのですか?


スポーツパイロットが身につける特殊な仕事道具。(左から)操縦時に両足を使うので、足裏の感覚がわかるような薄い靴底で、足首を固定した脱げにくいフライトシューズ。管制機関と無線通信を行うため、イヤホンスピーカーとマイクが付いたヘルメット。計器類を操作しやすいよう、人差し指の先を開けたフルオーダーのグローブ

スポーツパイロットが身につける特殊な仕事道具。(左から)操縦時に両足を使うので、足裏の感覚がわかるような薄い靴底で、足首を固定した脱げにくいフライトシューズ。管制機関と無線通信を行うため、イヤホンスピーカーとマイクが付いたヘルメット。計器類を操作しやすいよう、人差し指の先を開けたフルオーダーのグローブ

ブライトリング社製の航空時計。視認性(直射日光の反射防止など)が高く、パイロットに必要な計算尺などの機能がある。パイロットにとって時間は計器の一部なので正確さが大事

ブライトリング社製の航空時計。視認性(直射日光の反射防止など)が高く、パイロットに必要な計算尺などの機能がある。パイロットにとって時間は計器の一部なので正確さが大事

小型機の飛行機免許は飛行40時間で取れるのですが、旅客機に乗るには飛行1500時間が必要です。自分でその飛行時間を稼ぎながら経験を積んで、大型機つまり、エアラインに行くというのがパイロットになるための一般的なコースです。当時はそういうステップを踏めるのか、踏めないのかわからないまま、20歳のときにアメリカに行って免許を取りました。

それから2~3年後の1995年に、エアロバティックスの世界大会が日本であり、その飛行を見て「スッゲー!」と思ったんです。そこにはトップクラスのパイロットがいました。当時、取得が難しいと言われる教官免許を持っていたこともあり、自分ではうまい方だと思っていただけに衝撃を受けました。

飛ぶ原理を知っているからこそ余計に、自分の想像をはるかに超えたフライトや飛行コントロールを見て、「こんなすごいことができる人間がいるのか」「どうせやるなら、ここまでやりたい」と思うようになりました。

2003年に初めてエアロバティックスの世界選手権に出るまで、どのような準備をして臨まれましたか?


2002年に購入した飛行機は使い続けて、スポンサーがついたこともあり07年に新型を購入。現在はレース用1機と合わせて4機を用途に合わせて使い分けている(写真提供:Joerg Mitter / Red Bull Content Pool)

2002年に購入した飛行機は使い続けて、スポンサーがついたこともあり07年に新型を購入。現在はレース用1機と合わせて4機を用途に合わせて使い分けている(写真提供:Joerg Mitter / Red Bull Content Pool)

日本ではエアロバティック・パイロットになるための道はないに等しく、コーチすらいません。アメリカに渡って、訓練をしながら下の大会から出て、少しずつステップアップしていきました。

一番上のアンリミテッドクラスになると、レンタルの飛行機では闘えないので、3千万円くらいの飛行機を買うしかない。当時のボクはフリーターですから、3千万円の借金をするのは厳しいんです(笑)。返済の見込みはないが、「とにかく、ちょっとお金貸して」とあちこちにお願いをして。みんな、コイツはどうにもならないと思ったんじゃないですかね(笑)。「やってみたら」ということで、なんとかお金が集まり2002年に飛行機を購入しました。

自分の飛行機で03年にアンリミテッドクラスの世界選手権に挑戦しましたが、ルールもよく分からずに参加したこともあり、成績は散々でした。でもトップ選手にいろいろ教えてもらったり、たくさんのコネクションができたりして、行ったかいがありました。

2017年にエアレースのワールドチャンピオンのタイトルを獲得されました。トップレベルの中で競うために、普段からどのようなトレーニングをされていますか?


「レッドブル・エアレース」2017年シリーズでは全8戦中4大会を制し、アジア人初の年間総合優勝を果たす(写真提供:Joerg Mitter / Red Bull Content Pool)

「レッドブル・エアレース」2017年シリーズでは全8戦中4大会を制し、アジア人初の年間総合優勝を果たす(写真提供:Joerg Mitter / Red Bull Content Pool)

技術的なフライトトレーニングがいちばん効果的です。旋回のタイミングや、G(重力加速度)の体感などは、常に飛行機に乗って練習しないと感覚が鈍ってしまいます。機材の移動中や、天候が悪くて飛べない場合は、走ったり筋トレをしたりしてフィジカル面を鍛えます。Gに耐えるにも、世界中を転戦するにも基礎体力が必要ですから。

メンタル面も大事ですね。世界レベルになると、技術的にはほとんど差がありません。みんな圧倒的に勝ち上がってきたパイロットなので。最終的に誰が勝つかというと、「瞬間的に力を出せるかどうか」に関わってきます。

「リラックス」した状態と、「緊張」の状態が対極にあるとしたら、そのど真ん中にあるのが「ピーク」です。ほとんどの人は自分が緊張しすぎているのか、ゆるみすぎているのか分からない。大事な場面で「ピーク」に持っていけるよう自分でコントロールしたり、集中力をアップしたりするのが基本的なメンタルトレーニングの目的です。

小学生の頃の夢をかなえてパイロットになられました。長い道のりの中で
一番ピンチだったことは? また、夢を追い続けてこられた原動力とは?


子どものための航空教室「空ラボ」がふくしまスカイパークで2019年春からスタート。空への興味を持ってもらい、航空をテーマにした体験学習をおこなう。他にも考え方の整理の仕方や物事への興味の持ち方、続け方など、人生を生きる上で役に立つカリキュラムにする予定

子どものための航空教室「空ラボ」がふくしまスカイパークで2019年春からスタート。空への興味を持ってもらい、航空をテーマにした体験学習をおこなう。他にも考え方の整理の仕方や物事への興味の持ち方、続け方など、人生を生きる上で役に立つカリキュラムにする予定

今までにピンチはいっぱいあったので1つに絞れません(笑)。やめようと思ったこともしょっちゅうです。パイロットの夢を追い続けられたのは、ただ「面白い、興味があるから」というだけです。子どもはみんなゲームが好きですよね。でも親は「やってどうするの?」「勝ったからなんなの?」となるでしょう。でも子どもの気持ちは「面白いから」。それと同じです(笑)。

面白ければ熱中していくらでも続けられるエネルギーがあるんです。ボクも「本当にやりたいこと」を見つけたので、それを続けてきただけ。うまくなりたいからものすごく訓練して、クリアすると次の大きなドアが開く。そのステージに行かないと出会えない、尊敬できる人たちに出会える。そういう人生が面白いと感じています。

ワールドチャンピオンという一番上のステージまで行きましたが、自分1人でたどり着いたわけではなく、多くの人の助けがあってこそ。恩返しする意味でも、経験したことや技術を次の世代に伝え、育てる環境を作っていくのが、これからのボクのミッションだと思っています。

「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」とは

確さやタイムなどを競うFAI(国際航空連盟)が公認する三次元モータースポーツ。高さ25mのパイロン(空気で膨らませたエアゲート)で構成する低空の空中コースを周回して飛行タイムを競う。2003年に第1回大会を開催し、05年より世界選手権に。

取材協力/Red Bull 取材・文/米原晶子 写真/門間新弥